「どこまでも殿と一緒でござる」
そう言い残し、徳川家康の元を去った忠臣・石川数正。
裏切り者と罵られても、彼が見据えていたのは「徳川の存続」という一点だけでした。
その石川数正が大きく関わった城こそ――松本城です。

長野県松本市を代表する建物、松本城。
国宝にも指定されている名城ですが、実は私もまだ訪れたことがありません。
石川数正が見た景色を、この目で見てみたい…!!
しかし、ただ行くだけではもったいない気がしました。どうせなら、その歴史や構造を知ったうえで訪れたい。
予備知識があるのとないのとでは、見える景色の深さが変わるはず。
この記事を読み終えるころには、きっと、ただの観光地ではなく“物語の舞台”に見えてくるはずです。
ということで、一緒に松本城の魅力を学んでいきましょう!
はじめに|歴史音痴だった私が、なぜお城に興味を持ったのか?
人の名前や年号を覚えるのが苦手で、歴史のテストでは赤点ばかりだった私。
そんな私が歴史に興味を持つきっかけになったのが、2023年放送の大河ドラマ『どうする家康』でした。
戦国の世を生き抜いた徳川家康と、その家臣たちの物語。
なかでも強く心をつかまれたのが、家康に仕え続けた石川数正という人物です。
幼いころから家康に寄り添い、重臣として支え続けた数正。
しかし彼は、天下人へと駆け上がる豊臣秀吉のもとへ突然出奔します。
裏切り者と呼ばれても、それは徳川家を守るためだったのではないか?
そう描かれた不器用な数正の人となりにグッときます。
どんな思いで家康のもとを去ったのか。
どこまでも忠義を貫こうとした、その覚悟。
私は石川数正が大好きになりました。
その数正が、晩年に城主として関わった城がある。
それが、松本城です。
もともとは「深志城」と呼ばれ、戦国の舞台となった城。
あの数正は、この城で何を思い、どんな景色を見ていたのだろう?
だからこそ私はただ観光するのではなく、この城の背景を知ったうえで訪れてみたいと思ったのです。
松本城はいつ・誰が建てたの?
松本城の始まりは、1504年に信濃を治めていた小笠原貞朝が家臣に命じて築いた「深志城」です。
今ある天守(いちばん目立つ黒い建物)は、戦国時代の終わりごろ、1590年代後半に造られたと考えられています。
築いたのは、徳川家の家臣だった石川数正とその子、康長で、石川親子の時代に今のような立派な天守をもつ城へと大きく作り替えられました。
つまり、
- 城のはじまりは → 深志城(戦国時代より前からある)
- 今の松本城の天守を築いたのは → 石川数正・康長(1590年代)
ということになります。
現在、松本城の天守は国宝に指定されています。
松本城が国宝に指定されている理由
松本城の天守は、日本に残る城の中でも特に歴史的な価値が高いとして、国宝に指定されています。
理由は大きく3つ。
① 当時のまま残っていること
戦国時代の終わりごろに建てられた天守が、修理を重ねながらも、ほぼ当時の姿のまま残っています。
② 五重六階という珍しい構造
外から見ると五階建てに見えますが、実は中は六階あります。
戦いを意識した工夫がたくさん残っているのも特徴です。
③ 戦国の“本物”を今に伝えていること
見た目の美しさだけでなく、「戦うための城」としての姿がそのまま残っている点が高く評価されています。
現存天守であることの価値
日本の多くの城は、明治時代の廃城令や戦争、火事などで失われました。
現在ある天守の多くは、あとから再建されたものです。
その中で松本城は、江戸時代より前に建てられた天守が今も残る“現存天守”のひとつ。
現存天守は日本に12しかありません。
つまり松本城は、レプリカではなく、戦国時代から建ち続けている“本物”ということです。
数正たちが見上げたその建物を、私たちも同じように見上げることができる。
ここに、松本城のいちばんの価値があります!
松本城はなぜ黒い?
松本城といえば、あの黒い天守。
白い城が多い中で、なぜ松本城は黒いのでしょうか?
理由は、はっきり一つと断言できるわけではありませんが、有力なのはこの2つ。
① 戦う城だったから
黒い板でおおうことで、木を雨風から守る役目がありました。
また、落ち着いた黒はどっしりとした威圧感をあたえます。
戦国の終わりごろに築かれた松本城は、
「見せる城」ではなく、まだ“戦いを意識した城”でした。
② 実用性を重視したから
黒く塗られた板(下見板張り)は、耐久性を高める工夫でもありました。
見た目の美しさより、実用性が優先されていたのです。
その結果、あの重厚でかっこいい姿が生まれました。
松本城の見どころ
外観から門、内部の構造や展示品まで多くの見所があるかと思いますが、注目したいポイントを自分なりに選んでみました。
① 五重六階の天守
外からは五階に見えますが、中は六階。
敵を混乱させる工夫のひとつともいわれています。
② 急な階段
中の階段はかなり急なんだそう。
手すりにつかまりながら慎重にのぼるほど。
③ 石落とし
天守の外に張り出した部分の床には、穴があいています。
ここから石を落として敵を攻撃したといわれています。
飾りではなく、「本当に戦うための城」だったことを実感できる場所です。
④ 曲がった梁(はり)
城の中に入ると、まっすぐではない木の梁がそのまま使われています。
400年以上前の木材が今も残っていると思うと、時間の重みを感じます。
⑤ 水に映る“逆さ松本城”
お堀の水面に映る姿はとても美しく、撮影スポットとしても人気です。
ぜひ写真に残したい。
まとめ


ちなみに今回の記事を書くにあたって、私はこんな本を読みました。
・『日本史見るだけブック』(辰巳出版)
・『カラー版 徹底図解 日本の城』(新星出版社)
歴史が苦手だった私が、本を開いて城の構造を調べている。
少し前の自分なら、きっと想像もしていなかったことです。
でも今は、それが楽しい。
松本城を実際に訪れる日が、ますます楽しみになりました。