その城を初めて目にした瞬間、思わず「うわぁ…」と声が出た。
写真で何度も見てきたけれど、実物はその何倍も凄かった。
黒く、凛として、そして力強い。
39歳の誕生日、私は長野県松本市にある松本城の前に立っていた。

午前7時55分、新宿発・松本行きの高速バスに乗り込む。
席は三分の二ほど埋まっていた。
後部座席の2列シート、窓側。隣には誰もいない。
少し得した気分になりながら、コーヒーを一口。
バスが動き出すと、東京の景色がゆっくり後ろへ流れていく。
平日の新宿では、スーツ姿の人たちが足早に行き交っていた。
到着は11時13分予定。約3時間のバス旅だ。
今日はどんな1日になるだろう。
私は日本一周パスポートを眺めながら、これから見る城の姿を思い浮かべていた。

11時過ぎ。
松本バスターミナルに到着した。
扉が開いた瞬間、冷たい空気が一気に入り込む。
「寒っっ!」
気温は1℃。
思わずダウンジャケットのチャックを首まで閉めた。
しかし空は雲ひとつない晴天。
眩しいくらいに青い空に、吐いた息が白くのぼる。
東京とは違う、乾いた冬の空気。
その中を、松本城を目指して歩き出す。

10分ほど歩き、女鳥羽川が流れる橋を渡る。
縄手通りを横目にみながら進んでいくと、松本城と書かれた看板が見えてきた。
信号待ちをして、ふと左を見る。
…あった! あれが松本城だ。
木々の間から、小さく黒い天守が顔を出している。
信号が青色に変わり
逸る気持ちを抑えて歩き出す。
門を通り、堀を超えた瞬間、一気に視界が開けた。

そこに、黒い天守が立っていた。
「かっこいい…」
雲ひとつない青空。
水面に揺れる影。
石垣の上に堂々とそびえる姿。
そのコントラストが、あまりにも美しかった。
これが、松本城。
かっこよかった。
ただそれだけなのに、胸がいっぱいになった。
なぜだろう。
黒い城が、青空の下で静かに立っているだけなのに。
気づけば、少しだけ泣きそうになっていた。

極寒の空気の中、もはや寒さなんてどうでもよかった。
39年生きてきて、
こんなにも“かっこいい”と思えるものに出会えるとは。
しばらく眺めたあと、私は天守へ向かった。
何枚も写真を撮っているうちに指先はすっかり冷えている。
「石川数正もこの砂利の上を歩いただろうか…」
そんなことを考えながら歩いていくと、入城券売場に到着した。
観覧料は1,300円。
平日だからか、並ぶことなくすんなりと購入できた。
係員にチケットを見せてから靴を脱ぎ、いざ入城。

足の裏に床の冷たさが突き刺さる。
厚手の靴下を履いてきたが、2月の松本城の冷気は容赦なかった。
美しさに感動していた数分前とは打って変わって、今は「寒い」という感情が支配している。
奥に進んでいくと、思っていたより人は多かった。
平日とはいえ、観光客はそれなりにいる。
とくに外国人の姿が目立った。

最高傾斜角度は61度もあるという急な階段を上がっていくと、前に若いカップルがいた。
彼氏は熱心に、城の構造や歴史を説明している。
「ここは鉄砲を撃つための…」なんて言いながら。
しかし一方の彼女は足をもじもじさせ、どう見ても“寒さ”と戦っている。
その二人の姿がおかしくて、思わずクスッと笑ってしまった。

けれど、天守の中は確かに“戦うための城”だった。
急すぎる階段。
狭い通路。
鉄砲を構えるための小さな窓。
美しい外観とは違い、そこにはリアルな時代の実用性だけがあった。

太い木の柱には、無数の傷が残っている。
中には、誰かが刻んだ名前もあった。
木の柱や壁に名前を掘りたくなるのは、きっと
昔も今も変わらないのだろう。
そう思うと、少し微笑ましかった。

格子窓から覗くと、向こうに松本の町が広がっていた。
お堀の水は冬の色をしていて、その向こうに連なる山々は青い空にくっきりと浮かんでいる。
歴代の城主たちと同じ場所から、同じ景色を見てるのかと思うと、不思議な気持ちになる。
こんなに高いビルなどなかったに違いないけれど、確かに此処には人が存在していて。
絶対に交わることはないけれど、でも確実に「本当にあった時間」。
それを想像すると、自分はとてつもなく大きな時間の流れの中の一瞬なんだ、という感覚になる。
そして胸がぎゅっとなる。
感傷的な気持ちのまま、ゆっくりと階段を降りた。
足は最早とことんまで冷え切り、床に着くのも痛いくらいだった。

外に出て暖かなを日差しを浴びると、急にお腹が空いていることに気が付いた。
そういえばまだ何も食べていなかった。
さて、冷え切った身体を温めにいこう。
松本に来たならやっぱり信州蕎麦だ。

松本城から歩いて約10分。明治時代の町屋を改修した「松本手打ち蕎麦 丸周」は
重厚な屋根瓦と黒格子が美しい、伝統的な日本家屋のような佇まいだ。
中に入るとほぼ満席だったが、タイミングよく座ることができた。
店の中は、外観同様に木目の床やテーブルが和モダンスタイルで、間接照明の柔らかな光が居心地良い。
静かで、大人がゆったりと過ごせるような空間だった。
店内から見える素敵な中庭に目を奪われていると、店員さんがメニュー表を持ってきてくれた。
先ほどまでは冷え切った身体を温かい“鴨そば”で満たそうと思っていたが、
「いや、待てよ。信州蕎麦をしっかり味わうには“十割そば”か?」と思い直した。
私は悩んだ挙句、十割そばと、鶏飯と味噌汁がついてくるランチセットを選択した。

ランチセットは数量限定。これで1,350円だ。
店員さんが「まずはお塩で召し上がってみてください、蕎麦本来の味が楽しめます。」と蕎麦の楽しみ方を説明してくれた。
せっかくなので店員さんの言う通りに、テーブルに置いてある岩塩を少量つけ一口。
「…なるほど」。
何がなるほどなのかよく分からないが、「通」の食べ方とはこういうものなのだなということは分かった。
「大の蕎麦好き」でもない私にとって、“蕎麦そのものの味”というのはまだ早かったようだ。
それに、蕎麦はつゆに三分の一だけ浸して食べる、などと言われるけれど。
私は好きなようにいただくことにしている。
蕎麦は、全浸しで食べるのが好きなのだ。
粋とは言えない食べ方かもしれない。
それでも、しっかりとつゆを纏った蕎麦を思う存分に堪能した。
最後に蕎麦湯をいただく。
ほっと身体が温まり、満ち足りた気持ちで店を後にした。

城で時間について考え、蕎麦で心を満たし、次に辿り着いたのは「なわて通り」。
プラプラと骨董屋を眺めたり、喫茶店に寄ったりしながら松本の町を楽しんだ。
“願いごと結びの神”として有名な四柱神社の境内には大量の鳩がいた。
参拝客の頭や肩に乗ったりして、乗られた方もまた「キャー!キャー!」とはしゃぎながら写真を撮っていた。

また鳥居の近くの「若がえりの水」というありがたい名前の湧き水で、二羽の鳩が全力で水浴びをしていた。
若がえりたいのは人も鳩も一緒か。
私は鳩のように全身で浴びる勇気はないが、一口だけいただいておいた。

旅の最後に向かったのは、大正時代に建てられたという「塩井乃湯」。その外観からも、昔から“地元の人に愛される銭湯”という佇まいだった。
戸を開け男湯の方に向かうと、すでに常連客と思わしき人たちが2、3人脱衣場にいた。
番台でお金を払い、さっそく私も服を脱ごうとロッカーに向かった。
しかし、当時から使われているであろう木製ロッカーの開け方が分からない。
鍵は付いているが、抜くことは出来ないし、押すと鍵がかかってしまう。
どうにも扉を開けることが出来ないのだ。
私が四苦八苦していると、常連客の一人が声をかけてくれた。
「その“かんぬき”を横に引くんだよ」
かんぬき?かんぬきと言われても、そのかんぬきが何なのか分からない。
私がまごついていると、
「かんぬきも分かんねえのか(笑)」
と、扉に付いている木の棒のようなものを横にスライドし、ロッカーの扉を開けてくれた。
もうすぐ40歳になるというのに、“かんぬき”も分からない自分が恥ずかしい。
若返りよりも先に、語彙力の向上が必要だ。
銭湯を満喫して外に出ると、辺りはもう薄暗くなっていた。
湯上がりの身体に、ひやりとした空気が心地良い。
ポケットのスマートフォンを見ると、帰りのバスまであと数十分。
心地よさに浸っている時間はあまり残されていない。
少し足早に、松本駅へ向かった。
帰りのバスでは、長野のご当地名物「牛乳パン」を食べながら帰ると決めていたからだ。

バスの中でなんとか手にすることが出来た牛乳パンを頬張りながら、松本城のスタンプと、松本駅の記念印を眺めていた。このページが、今日という一日をちゃんと残してくれている。なんてことのない紙のページが、やけに愛おしい。
さて、次はどこへ行こうか。